今週の例会

第30回 4月1日(月)

会長の時間

 皆さんこんにちは、昨日は地区研修協議会が開催され、多数の方に出席をしていただきました。長時間にわたりの研修大変お疲れ様でした。今年度も4分の3が過ぎ、残り3ヶ月となりいよいよ次年度に向けての準備が着々と動き出したと実感いたします。

 先ほど新元号が令和と発表がありました。昭和、平成に慣れ親しんできたので、まだしっくりとこない感じがしますが、昭和から平成に代わった時も違和感をもったので令和も使っているうちに馴染んでくるものと思います。余談ですが、私には子供が5人います。そのうちの4人はすんなり年齢が出てこないのですが、次男は昭和63年生まれなので、平成と同じ歳で分かりやすく、次男を起点に何歳違いかということで子供たちの年齢を把握していました。今後は次男の年齢もすんなり出てこず30を足さなければなりません。中途半端な27とか34とかでなくて30と切りのいい数字でちょっとほっとしています。

 さて、元号が変わるということでインターネットで色々調べてみました。
元号は中国から始まり、ベトナム、朝鮮半島で使われていましたが、現在では世界で日本だけが用いているようです。日本では645年の大化から始まり現在の平成まで231の元号があります。ただし南北朝時代には南朝と北朝とで2つの元号が存在し231は南朝の方を正当とした数で北朝を合わせると247の元号があり今度の令和で248となります。今では新天皇が即位される時に改元をする一世一元となっていますが、明治以前は天皇の代替わりのほか、吉兆が現れた時、天災や戦乱を排除するため、中国の予言学者に基づき異変が起こることを回避するためなど4つの理由があったそうです。歴代元号の中で1番短かったのは鎌倉時代の暦仁で72日間、災害に伴う“ゲン直し”で制定をされましたが、改元の理由は公式には天災であると記されているようですが、「人が略されていなくなってしまう」ことを連想させて不吉であるという説もあるようです。改元をする変わった理由として彗星の出現が意外に多く、他には珍しい白い亀や白い雉が献上をされた、綺麗な雲が見えた、中には対馬から金が献上をされて大宝という元号に代わったのですが、後に献上された金が対馬産と偽って献上したことがわかり4年で改元され、吉兆の雲が出たことで慶雲となったそうです。元号を用いるようになった長い歴史の中で飛鳥時代の白雉と朱鳥の間32年間、朱鳥と大宝の間15年間は元号の無い時代もあったようです。そして1番長かった元号は最も身近な昭和で64年、2番目は明治で44年、3番目が南北朝合一後の応永で35年、4番目が平成です。元号が用いられるようになった当初は良いことがありそうな兆しであったり、良いことが起こったりしたときに改元をすることが多かったようですが、だんだん災害や天災による改元が多くなったように思います。どちらにしても、いつの時代も希望を込めて元号を決めているように思います。昭和から平成に代わるときは昭和天皇が崩御され国全体が沈んだ気持ちでしたが、平成から令和へは明るく、希望があるような気が致します。平成もあと1ヶ月、災害や悲惨な事件が多い時代であったと思いますが令和は明るく希望に満ちた時代になるといいと願います。

例会の様子

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