今週の例会

第8回 9月26日(月)

会長の時間

今回は税理士業の職業紹介をしたいと思います。

税理士の原型は明治時代の税務代弁者にさかのぼります。明治維新で廃藩置県が行われると、新政府にとって税制の整備は緊急の課題となります。当初は地価を課税標準とする地租(資産税)が国税の中心でしたが、1887年(明治20年)に所得税、1897年(明治30年)には営業税が新設されて商工業に対する課税も徐々にその比重を高めていきます。

1904年(明治37年)の日露戦争勃発に伴い戦費調達のため大規模増税が行われると、税務相談や申告書の作成は職業として成立するようになります。この当時の税理士には国家試験合格などの要件はありません。1937年(昭和12年)の日中戦争勃発、1941年(昭和16年)の太平洋戦争開戦でまた、戦費調達の増税が相次ぎます。

そして1942年(昭和17)年に税務代理士法が制定されました。戦後、シャウプ勧告により申告納税制度、青色申告制度をもたらし、税理士制度が今に至ってます。

私は昭和59年11月に大分の会計事務所に入所しました。その当時から現在まで税理士の主要な仕事は会計処理と各種税務申告です。ほぼ40年間仕事の中身は大きく変わっていません。他の士業も同じようにイノベーションが非常に遅い業界です。なぜかというと、資格に守られており参入障壁が非常に高いからです。良くも悪くも資格に守られた業界です。

入社当時は手書きで申告書等を作成しており、指にはペンだこや手首の腱鞘炎になる職員もいました。ソロバンを使っていた先輩もいました。少しづつオフコンの導入、ワープロの導入と手書き仕事は減っていきましたが、まだまだ人手に頼る業界で、確定申告の時期(2月3月)はほぼ休みはなく、深夜12時まで仕事をしたり、寝袋を持参して泊まり込む職員もいました。超ブラックな業界でした。今であれば過労死レベルの残業の多い業界でした。また、業界的に丁稚奉公的な雰囲気が残っており、雇ってあげてるというような業界で、給料もそれほどいいとは言えません。

1998年に独立した時に、このような職域では優秀な人財が育たないと思いました。丁稚奉公的な家内企業ではなく、いわゆる企業、会社にしていかなければこの業界の未来はないと思い、そういう使命感をもって経営を続けてきました。その結果、新卒採用も毎年行い、税理士、公認会計士、社会保険労務士、中小企業診断士、行政書士、ITアドバイザーと多くの専門家が在籍する事務所となることが出来ました。

例会の様子

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